ノルマを達成するためには、何とか新規顧客或いは、既存顧客から資金を導入しなければなりません。だから、考えるのですね。すると、いろんな作戦が浮かんできます。その中で、これはうまくいったというのが、甥っ子作戦です。証券マンにとって美味しいお客様は、商品先物の会社にとっても、美味しいお客なのです。更に、当時、バブル後、証券取引法が強化されましたが、商品先物は野放しでした。だから、お年寄り相手に、信用取引で理屈に合わない無茶苦茶な取引をしていました。そこで私が登場です。甥っ子として、紹介してもらうのですね。そして、話を聞くのです。相手は素人相手と理屈をこねてきますが、私も同じ相場の中で仕事をしていますから、一つ一つ、理屈を潰していくのですね。そして、「訴えるぞ」と言います。すると、決まって、担当が、本社のトラブル係りに代わります。穏やかに、すべて解約となります。もちろん、預けたお金の半分も返ってきません。しかし、それでも大きなお金ですから、これを日興証券の口座に入れてもらうのですね。本当のところ、ほとんどの場合は、あと、数年で資産が吹っ飛んでしたことでしょう。私は、良いことをしました。 あと、よく使った手が、将棋ですね。将棋の難しい局面で、簡単に商品説明して、「うん」って言わすのです。将棋好きは、将棋をし出すと、他の事はどうでも良くなるのです。ですから、わざと将棋の途中で、投資の話をするのです。結構、この手は、使えました。もちろん、相手も会社の社長ですので、その辺は、心得ていたようです。しかし、若い営業マンに思うままにさせてくれていたのでしょうね。 さて、ノルマが達成できないとどうなるか。ほとんどいじめですね。例えば、支店長席の横で、1日中立たされます。電話もさせてもらえません。もちろん、足は棒のようです。本当に自分の不甲斐なさを感じさせられます。小学生の時だって、廊下に立たされても、せいぜい1時間で先生に許してもらえます。しかし、ここは学校ではありません。良い経験なのか、辛い体験なのか、未だに判断がつきません。私の席の前では、先輩が課長に電話の受話器で頭を小突かれています。というか、音がなるぐらい叩かれています。幸い、私は叩かれたことはないのですが、体罰ですよね。その先輩は、私の入社する2年ほど前に、1階の女の子たち数十名を前にして、土下座をさせられたそうです。「私のノルマまでやって下さって、ありがとうございました」って。聞いただけで、恐怖で仕事をしなければと思います。 それでも、適当に出来る時もあれば、出来ない時もあります。私は、その罰で、結婚後しばらく、17時帰らされました。まだ、明るいのですね。17時は。みんなが仕事をしている時に1人帰らされるのです。恥ずかしいやら、辛いやら。精神的に追い詰めていくのです。それでも、負けるわけにはいきません。ほとんど負けていましたが、仕事をするしかありません。これは、2週間ほどで解除されましたが、未だに自転車で明るい中、家に向かっている自分の姿を思い出します。 だから、無理してでも数字を作るのですね。そうすると、今度は、お客様に訴えられるのです。当時の大蔵省です。もちろん、逮捕権限もあります。大蔵省から電話が入ったのですね。「岡村晴雄さんの上司の方、お願いします」って。何とか、事なきを得ましたが、「自分は何をやっているのだろうか」疑問の日々でした。 それでも、仕事をしなければなりません。営業時間内では、新規開拓をする時間がないから、早朝にすることになります。いわゆる朝駆けです。朝、6時ごろから狙った社長自宅の前で、出てきるのを待ちます。気味悪いですよね。そんな朝から家の前に立たれていると。当然、何やらトラブルになってきます。1度は、お隣がサラ金屋さんだったので、お金に困ったサラリーマンが、出社前にお金の工面をしに来たと思われたのです。当然ながら、気の利いたお兄ちゃんが、「待たせたね」って顔で声を掛けてきます。ただのお兄ちゃんなら良いのですが、かなり怖いお兄ちゃんです。また、ある時は、警察の職務質問です。ご近所さんが通報したみたいです。またまたある時は、その会社の秘書らしき方から、「岡村君の朝駆けは、大変、社長の重荷になっています。持病が悪化して何かあったら、困りますので、辞めてもらえませんか」と支店に電話がかかってきました。何件かの朝駆けは、こうして失敗しました。 当時、ご迷惑をおかけした皆さん、大変申し訳ありませんでした。私は岡山から大阪に転勤になりました。大阪はさらにすごいところでした。どうすごかったかと言うと・・・ |