幼稚園まで 心配かけどおしで「おかん、すまん」

昭和42年6月7日に政和、澄子の次男として生まれました。生まれた時は、大阪府吹田市、更に3ヵ月後には豊中市の千里ニュータウンに移り住みました。

 千里ニュータウンは、日本で最初のニュータウンとして、ティッシュペーパーパニック発祥の地として、社会の教科書にも出てきます。(私の時の教科書ですが)更にグリコ・森永事件では、毒入りお菓子を置かれたりもしました。日本航空123便墜落事故では、周辺に多くの犠牲者を出しました。生存者の中には、千里ニュータウンの叔母の家に行く予定だった方もいました。そういった環境の中で、24歳までこの地で過ごしました。今でも、両親は生活しており、年に数回に渡って、家族で帰省しております。

千里ニュータウン
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 小さい頃からひ弱で、何度も救急車で運ばれていました。両親は、お墓を探した事もあったそうです。また、足も悪く、ビッコを引いていました。いろいろなお医者さんに掛かりましたが、どうしても直らないのですね。諦めかけた頃に、最後の望みをかけて、神様に祈りを捧げながら、足を引っ張りまわす整体?に連れて行かれました。今でも、恐怖が蘇るぐらいです。とっても怖かったというか、とっても痛かったですね。しかし、何と奇跡のように足が治ってしまいました。実は、名医だったようです。

幼稚園は、聖幼稚園で2年保育でした。まだまだ、体は丈夫にならず、本当によく休んでいました。出席簿みたいなノートがあるのですが、薬瓶のマークだらけですね。つまり、お休みだらけです。しかし、たくさんの思い出はあります。通園のこと、皆でテレビの「のっぽさん」を見たこと、運動会の器械体操に熱を出しながら出席したこと、先生の名前が丘村(おかむら)と同姓だったこと、犬に追いかけられたこと、などなど結構思い出深いですね。

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